財産分与と財産隠し

1 財産資料の重要性

離婚の財産分与では、分けるべき財産に関する証拠を集めることが非常に重要です。しかしながら、相手(夫)名義の財産については、集めることが出来ないことが少なからずあります。特に、相手が全ての財産を管理していて、自分のことしか考えられないモラハラ気質の場合は、その傾向があります。その場合は、どうずれば良いのでしょうか。

2 入手方法

(1) 弁護士会を通じた照会

裁判手続きが始まっていない段階では、弁護士会を通じて、金融機関等に照会をかけることが可能です。もっとも、金融機関によっては、口座名義人の同意がなければ、開示しないという場合も多く、弁護士会の照会だけでは、必ずしも十分に証拠を集めることが出来ないのが現状です。

(2) 裁判官からの指示

調停や審判を申し立てたり、訴訟を提起して、裁判所が関与する場合、裁判官が当事者任意に財産開示をさせるように、当事者に説得しようとします。多くの場合は、裁判官から指示があれば、開示してくることが多いです。

(3) 裁判所の調査嘱託や文書提出命令

裁判官の説得にもかかわらず、当事者が財産資料を開示しようとしない場合は、裁判所が該当の金融機関などに調査嘱託や文書提出命令を出します。調査嘱託は、裁判所が金融機関などに特定の情報(例えば、銀行口座の取引履歴など)を開示してくださいとお願いするもので、文書提出命令は、金融機関等に特定の情報の開示を命令するものです。

このような裁判所からの調査嘱託や文書提出命令が来ると、弁護士会を通じた照会よりは、必要な情報が開示されることが多いですが、金融機関によっては、それでも、名義人の同意書がなければ開示しないとする機関もあります。その場合は、裁判所は、名義人に同意するように求めます。

金融機関が名義人の同意を求め、名義人が同意をしない場合は、裁判所の調査嘱託や文書提出命令でも情報を取得することが出来ないということになります。

3 結局開示されない場合

このように、裁判所が一生懸命に財産開示するように説得しても、頑として開示しようとせず、また、裁判所が金融機関に調査嘱託や文書提出命令をしても、金融機関も本人の同意がなければ開示しない場合、結局、財産資料が顕出しないことがあります。その場合、裁判所は、資料がない以上、財産無しとして判断してしまうのでしょうか?

この場合、裁判所は、その他の裁判所に出てきた証拠から財産の額を推計して、少なくともその額はあったはずだとして判断する場合があります。

例えば、夫が別居時点(財産分与の基準日)の残高が分かる給与振込口座は開示しないが、夫の給与額や家計固定費などが分かる資料が出ている場合は、それらから、別居時点の残高を推定して財産分与の対象にしてくれる可能性があります。

この点、大阪高等裁判所令和3年1月13日決定では、夫が夫名義の給与振込口座の開示を頑として拒み、裁判所が調査嘱託をしても、金融機関も夫の同意が無いという理由で開示を拒否した事案で、「家事事件の当事者は、信義に従い誠実に家事事件の手続きを追行すべき義務があるにもかかわらず(家事事件手続法2条)、抗告人による本件手続きの追行は、財産隠しと評されてもやむを得ないものであって、明らかに信義に反し、不誠実はものというほかない」として、妻が主張する推計残高を分与の対象額として認めました。

4 離婚後に財産が発覚した場合

(1)財産発覚

協議離婚、離婚調停や、和解離婚などで財産分与を含めて離婚の合意をした場合、又は、合意は出来なかったけど、裁判所の判決や審判で、財産分与について一旦解決したが、後になってから、実は相手方が、財産分与の対象となる財産を隠していたことが発覚する場合があります。このように、相手方が離婚のときに財産分与の対象となる財産を隠していたことが後で判明した場合は、どうすれば良いのでしょうか。

(2)錯誤取消

例えば、夫婦の財産は2000万円だと思って、その2000万円の半分の1000万円を夫から妻へ財産分与される内容で合意し、離婚財産分与が成立したが、実は、夫が合意当時、他に夫名義の財産1000万円あって、夫婦の財産は本当は総額3000万円だったのにそれを隠していたという場合があります。この場合、後から、夫が隠していた1000万円のうちの半分を請求することが出来るのでしょうか。

この場合、財産分与の合意を錯誤として取り消し、夫が隠していた部分を含めて、改めて財産分与請求できる可能性があります。

錯誤取消は民法95条で定められていて、前提となる重要な事実に錯誤があり、それに基づいて合意した場合は、その合意は取り消すことが出来るとされています。

夫が隠していた1000万円含めれば本当の婚姻財産は3000万円なのに、妻は、2000万円だと思って、その半分である1000万円の財産分与で合意した場合、妻としては、婚姻財産が3000万円だと知っていれば財産分与1000万円で合意することはなかったでしょうから、前提となる重要な事実(=財産分与の対象となる財産額)に錯誤がある(=2000万円と考えた)として、財産分与の合意を取消できる可能性があります。

この点、最高裁判所の判例で協議離婚での財産分与の合意に錯誤があったとして合意は無効とした例があります(最高裁判所平成1年9月14日第一小法廷判決、判例タイムスNo.718.75頁)。この最高裁判例は、夫が妻へ夫名義の不動産を譲渡する内容の財産分与の合意をしましたが、後に夫に高額な譲渡所得税がかかることが判明した事案で、課税負担について夫に錯誤があったとしたものです。この判例は財産隠しの事案ではありませんが、考え方は、財産隠しの事案にも使えると思います。

(3)不法行為の損害賠償請求又は不当利得返還請求

例えば、夫が、離婚財産分与手続き時に、財産分与の対象となる財産を隠して、その隠した財産は含めることなく、離婚と財産分与の判決が出たが、離婚後、2年以上たってから、夫が隠していた財産を妻が発見した場合、妻は、夫が隠していた財産について、財産分与請求できるのでしょうか。

財産分与は、離婚後2年間しか請求できないので、離婚後2年経過してから発見した場合、夫の隠し財産について、もう何も請求できないのか問題になります。

この場合、夫の財産隠匿行為は不法行為であるとして、それによって財産分与できなかった部分が損害として、不法行為による損害賠償請求が出来る可能性があります。

この点については、浦和地方裁判所川越支部平成1年9月13日民事部判決(判例タイムズNo.762.136頁)。で、妻が財産分与の対象となる国債を隠していた事案で、妻に夫の財産分与請求をする機会を喪失させた不法行為があったとして、その隠していた財産の半分の金額を支払いが命じられました。

夫が財産を隠していたことが離婚後2年以上経ってから判明したようなケースで、この判例が使えます。

5 まとめ

以上のように、相手(夫)名義の財産資料を自分で入手することが出来なくても、裁判所を通じて入手できたり、入手できなくても、相手の財産隠匿行為が考慮されて、開示されない財産についても財産分与が認められることもありますので、諦める必要はありません。

もっとも、夫の財産や給料など何も分からない状況だと、開示を求める財産も特定できず、裁判所を通じても開示は難しくなってしまいます。

ですので、少なくとも離婚を意識し始めたら、財産に関する情報を少しでも良いので集めるよう意識すると良いと思います。

この記事を書いた人

弁護士髙木由美子

2000年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会所属:53期)。
弁護士登録以降、離婚・国際離婚などの家事事件を中心に扱い、年間100件以上の相談を受けてきました。ご依頼者がベストな解決にたどり着けるためのサポートをすることは当然として、その過程でもご依頼者が安心して進めることが出来るように心がけています。
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