子どもを連れて別居すると違法な連れ去り?

夫と同居しているが、夫のモラルハラスメントやドメスティックバイオレンス(DV)に耐えられない、別居したい、でも、妻1人で別居すると子どもを世話する人がいなくなってしまうし、子どもを連れて別居すると、「違法だ!」「誘拐だ!」と言われてしまいそう、どうすればいいのだろうと悩まれている方は少なからずいらっしゃると思います。
それでは、別居するとき、子を連れていって大丈夫なのでしょうか。
結論としては、別居時に子を連れて行くと「違法な連れ去り」になり得る場合と、「違法な連れ去り」にはなりにくい場合があります。

以下ご説明します。

1 子を連れて行くことが「違法な連れ去り」になり得るケース

子を連れて行くことが問題のあるケースというのは、別居するときに子を連れてはきたものの、後に相手から子の引き渡し請求がされた場合は、結局、子を相手に引き渡さなければならない結論になる可能性が高い場合です。
例えば、夫と子と同居中、子の身の回りの世話は夫が主にしていた場合、妻が別居時に子を連れて行くと、この妻の行為は、子のそれまでの夫による監護状況を中断させるとして、違法とされる可能性があります。妻による子の連れ去りが違法とされると、妻は、別居前の監護状況に戻すために、夫に子を引き渡すよう、命じられる可能性が高いです。
その他に連れ去りが違法とされるのは、既に別居していて、面会交流を実施したときに、子と面会した親が約束した面会終了時間に子を返さず、そのまま自分のところに子を留め置いてしまう場合があります。この留め置いてしまう行為も違法とされ、子を相手に返すように裁判所から命じられる可能性が高いです。
また、相手を騙す形で子を連れて行ってしまう行為も違法とされる可能性があります。

2 子を連れて行くことが「違法な連れ去り」になりにくいケース

これに対して、子を連れて行くことが問題ないケースは、別居時に子を連れて来て、その後、相手から子の引き渡し請求をされても、引き渡しを命じられることなく、むしろ、自分が監護者として指定される可能性が高い場合です。
例えば、子の出生から一貫して、妻が子の主たる監護者である場合、妻が夫との別居時に子を連れて家を出てもその行為は違法とされません。この場合、子を連れていかなければ、子を世話する人がいなくなり、子にとって危険ですので、むしろ、子を一緒に連れて行くべきとも言えます。また、子が出生してからの主たる監護者は夫だったが、別居のころは、夫の心身が不調で、夫が子の世話が出来ない状態だという場合も、子を連れていかなければ、子に危険ですので、別居時に子を連れて行っても違法とはならない可能性があります。

3 ハーグ条約

子を巡る手続きで、例えば、同居していた妻が子を連れて別居したケースで、夫がハーグ条約を持ち出して、妻が別居の際に子を連れて行くのは違法であると主張される方がいます。
ハーグ条約というのは、正式名称は国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約で、日本では、2014年4月に発効されました。
これは、例えば、アメリカで夫婦と子で生活していたが、妻が子を連れてアメリカを出て、日本に帰国した場合、子はもともと生活していたアメリカに戻すことを原則とする条約です。
しかしながら、このハーグ条約は、子が国境を越えて連れていかれた場合で、しかも、子を返還する(戻す)といっても、もともと子が生活していた国に戻すのであって、他方の親に引き渡されるわけでありません。
そのため、このハーグ条約は、日本国内の子の引き渡しの審判に適用されません。
もっとも、このハーグ条約が家庭裁判所の日本国内の子を巡る事件に影響が全くない訳ではありません。別居時等に片方の親が子を連れて行く態様については、以前は、あまり重要視されていなかった印象ですが、最近は、子を連れて行く態様について、同居時の監護状況と同じくらい考慮されており、これはハーグ条約の影響が強いのではないかと思います。

4 子を連れて行く態様について判断した高等裁判所決定

別居時の子の連れ去り態様が違法か否か詳しく検討した裁判所の決定には以下があります。

令和2年6月9日名古屋高等裁判所決定(家庭と法と裁判 No.37/2022.4,50頁)では、夫が子を連れて別居を開始したケースです。同居中は、妻が主に子を監護していましたが、妻が精神的に不安定になり暴言を吐いたり、刃物を持ち出すなどの行動をとるようになり、夫が子の安全のために子を連れて出た事案です。名古屋高裁は、夫が子の安全のために子を連れて別居した行為は違法でないとして、また、その後の監護状況に問題ないとして夫を監護者としました。

令和元年12月10日東京高等裁判所決定(家庭と法と裁判 No.37.4. 59頁)では、妻が子を主に監護していたが、将来の離婚時に夫が親権者とする合意をしていたケースです。妻が別居時に子を連れて行った点について、夫が合意に違反した違法な行為を主張しましたが、裁判所は、夫婦で十分な協議した後の合意ではないとして、親権者指定合意の有効性を認めず、主たる監護者だった妻が子を連れていく行為は違法な連れ去りではないとしました。

このように最近の裁判所は、子を連れ行った経緯、態様について細かく考慮する傾向にあります。

5 子の監護を巡る手続き

例えば、妻が子を連れて別居した場合、その後に始めることが想定される手続きが次になります。

【妻から申し立てる手続き:監護者指定審判

まず、審判というのは、裁判所に最終的な判断を求める手続きです
そして、監護者指定審判というのは、子と一緒に住んで子の日常的な世話をするのは父と母のどちらにするのか決めてもらう手続きをいいます。
妻が子を連れて家を出た後、裁判所に監護者指定審判を申し立てる場合、裁判所に子と一緒に住んで子の世話をしていいよというお墨付きを貰う手続きといえます。

【夫から申し立てる手続き:子の引き渡し審判・監護者指定審判

妻が子を連れて別居した場合、夫からの申し立てとして考えられるのは、子の引き渡しの審判です。これは、連れて行かれてしまった子を返してもらうための申し立てです。子の引き渡しの前提として、どちらが子と一緒に生活して子の世話するのかも決めなければなりませんので、子の引き渡し請求と同時に子の監護者指定審判も申し立てる必要があります。

妻からの申し立てでも夫からの申し立てでも審判と同時に審判前の保全申立をすることが多いです。審判前保全というのは、裁判所が最終的に判断する前に、裁判所に緊急的に仮の判断をしてもらう手続きです。審判前の保全処分を申し立てると、裁判所が手続きを早く進めようと考えるため、比較的早く審判期日が入ります。それもあって、審判だけでなく、保全も一緒に申し立てることが多いのです。

しかしながら、その時点で保全の必要性、例えば、子がネグレクトされているとか、暴力振るわれていているなど、子にとって危険な状況がないと、裁判所は保全処分は出してくれません。

裁判所は子にとって危険な状況がないと判断すると、申立人に取下げを勧告するか、却下処分を出します。この段階での保全処分が認められないからといって、後の審判が認められないということには必ずしもなりません。

例えば、妻が別居後、監護者指定の審判と審判前保全を申し立てて、審判前保全処分は裁判所の勧告で取り下げたけど、後の審判で、妻を監護者と指定する審判が出されたという例は多数存在します。

6 まとめ

まとめると、もしあなた(妻)が子の出生から現在まで主たる監護者で今も問題なく監護しているなら、別居時に子を連れて出ても、「違法な連れ去り」にはなりにくく、夫から子の引き渡し請求審判が申し立てられても、夫への子の引き渡しを命じられる可能性が低いです。つまり、あまり心配する必要はないです。
逆に、相手(夫)が子の主たる監護者である場合は、妻が子を連れて別居することは、「違法な連れ去り」になる可能性がありますので、慎重に行動する必要があります。
いずれにしても、お子さんがいる場合の別居は熾烈な紛争になりがちですので、弁護士に相談して十分対策を練り、方針を決めてから進めることが不可欠だと思います。

 

この記事を書いた人

弁護士髙木由美子

2000年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会所属:53期)。
弁護士登録以降、離婚・国際離婚などの家事事件を中心に扱い、年間100件以上の相談を受けてきました。ご依頼者がベストな解決にたどり着けるためのサポートをすることは当然として、その過程でもご依頼者が安心して進めることが出来るように心がけています。
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