夫が仕事を辞めてしまった場合の養育費や婚姻費用は?

1 夫が無収入になった場合の養育費や婚姻費用

高額で安定した収入の仕事を辞めてアルバイトとなり、低収入になったり、無職無収入になった場合、婚姻費用や養育費はどうなるのでしょうか?

夫が大企業に勤めていて安定した収入を得ていたのに、妻が子と共に家を出て別居して、夫に婚姻費用(生活費)を求めた途端、夫がそれまでの仕事を辞めて無職になったり、アルバイトなど低収入になる場合があります。その場合、妻が夫に婚姻費用請求をした場合、婚姻費用分担額は認められるでしょうか。

婚姻費用とは、夫婦間の扶助義務(民法752条)に基づくもので、収入の多い方が他方に、自分と同程度の生活を維持できるように支払う生活費のことをいいます。婚姻費用分担義務は、別居していても婚姻が続いている間は、消えることはありません。子どもがいる場合は、婚姻費用の中に子どもの養育費が含まれます。

この婚姻費用分担額は基本的に裁判所のホームページに掲載されている「婚姻費用算定表」(令和元年版)に基づいて、双方の収入により決められます。

そのため、夫の中には、妻に支払うべき婚姻費用をなるべく低額にするために、それまで、大企業に勤めたり、公務員だったりして、かなりの高額の収入を安定的に得ていたのに、敢えて、退職してアルバイト生活を始めてしまうという人がいます。安定した高収入の定職を辞めてしまうなんて、長い目で見れば、夫自身にとっても損なのに、妻や子には払いたくないという気持ちが勝ってしまう人は少なからずいらっしゃいます。

妻への憎しみの感情が優先してしまい妻子への生活費を1円でも少なくしようとするとはあまりにも無責任な話ですが、このような場合でも、敢えて低くされた収入を基準に婚姻費用を定めることになるのでしょうか。

結論からいうと、原則としては、現在の収入、つまり減収後の収入がベースになりますが、減収になった理由など、減収後の収入を基礎にすることが不公平な特別な事情があれば、潜在的稼働能力、つまり、本来なら稼ぐことができたであろう収入をベースにすることが出来きるとされています。

このルールは、最近の東京高等裁判所決定(令和3年4月21日 東京高等裁判所決定「家庭の法と裁判 No.37/2022.4」)でも確認されています。

東京高等裁判所は、この決定で「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならない」

と述べます。

 つまり、婚姻費用を決めるベースとなる収入は、原則として、実際の収入ですが、実際の収入をベースにすることが、不公平な事情がある場合は、実際の収入ではなく、本当なら得られるであろう収入や減額前の収入をベースに決めますということです。

 逆にいうと、現在の低収入が不当な理由によるものではない、不公平だといえる特別の事情がなければ、原則どおり、実際の減額後の収入をベースに婚姻費用分担額が決められることになります。

 この令和3年4月21日の東京高等裁判所決定では、夫に安定した収入がありましたが、精神障害を患って仕事をすることが出来なくなり、妻が婚姻費用調停を申し立てる少し前に、それまで勤務していた会社を退職し、無職となったという事案です。この事案では夫の収入減について、夫が、婚姻費用を低額にするために敢えて、会社を退職したという事情はなく、病気のために退職していました。病気も、「自殺企図による精神錯乱で警察に保護」されたり、自治体に「精神障がい者保険福祉手帳の申請」等から、稼働できない程度の病気で、「公平に反すると評価される特段の事情がある場合」にはあたらないとして、裁判所は、原則どおり、実際の収入(無収入)をベースに、妻の婚姻費用請求自体を却下、つまり認めませんでした。

2 四年制大学卒業後専業主婦になった妻の稼働能力は?

 ところで、夫側から時々出される主張なのですが、未成年者の子がいて、パート勤務で年収が低めの妻について、妻は四年制大学卒業なのだから、四年制大学卒業者の正社員としての潜在的な稼働能力があるはずだ、四年制大学卒業者の平均賃金を得られるはずだと夫が主張してくる場合があります。

 しかし、最近の東京高等裁判所は潜在的稼働能力による収入があるとみなす考え方は慎重な姿勢をとっているようですので、裁判所が夫のこのような主張を認める可能性は低いです。また、そもそも、四年制大学卒業したからといって、一旦、結婚や出産、育児のため新卒で入った会社を退職して、家事育児に専念し、何年か後に仕事に復帰したとしても、四年制大学卒業者の平均賃金を得られることは稀で、殆どの場合がパート勤務の仕事を得るのがやっとです。夫の主張は、女性の結婚、育児を経たり、育児中の就労状況についての理解が全くなく、裁判所がかかる主張を受け入れたら、それこそ大問題です。

3 夫が減収になったが、減収前等の収入を基礎にした判例

 先の東京高等裁判所令和3年の決定とは異なり、夫が減収となったが、減収前の収入をベースに婚姻費用を決めた例も少なからずあります。

夫が医者の例(大阪高等裁判所平成18年4月21日決定)

 もともと夫は勤務医で勤務先から年間1600万円程度の収入を得ていたが、退職して複数のアルバイトをするようになり、年収が激減した例。裁判所は、夫の医師としての潜在的稼働能力があるとして、夫の減収前の収入に近い男性医師の同年代の平均収入を基礎に婚姻費用を決めました。

夫が歯科医の例(大阪高等裁判所平成22年3月3日)

 もともと夫は勤務歯科医であったが、婚姻費用調停成立後、勤務先を退職し、アルバイト勤務になり、収入が2/3程度に減収した。そのため、夫は、婚姻費用減額請求をしたが、夫の年齢、資格、経験から、夫の歯科医としての潜在的稼働能力があるとして、夫の減額請求を認めませんでした。

医師や歯科医師でなくても、資格と経験があり、一時的に退職しても、また、同等の収入を得るべく就職したり、自分で開業するなど、自分の収入をある程度コントロールできる職種の場合は、潜在的な稼働能力が認められやすいのではないかと思います。

その他、自ら会社を経営している場合や、親族が会社を経営していて、その会社の役員や従業員になっている場合も、収入を操作しやすいので、夫が減収になったと主張しても、減収が認められない場合も多いのではないかと思います。

とはいえ、先に述べた通り、裁判所は、実際の収入をベースにするのが原則で、潜在的な稼働能力による収入や、減収前の収入をベースに婚姻費用分担額を決めるのは例外なので、かかる主張する場合は、夫の収入が減った時期、減った金額、減額の理由、夫は収入を調整できる仕事、立場かなど、それが夫の不当な退職、収入減額であって、減額後の収入を基礎に婚姻費用分担額を決めることはあまりに無責任、不公平であることが分かる事情を詳しく主張立証する必要があります。

4 まとめ

以上、まとめると、婚姻費用の請求で夫が収入減を主張してきた場合でそれが不当な理由の場合は、裁判官にその減収入をベースに婚姻費用を算定すると不当な結果になる、ひどい結果になると思ってもらえるよう、理由、経緯について詳細に、できれば客観的な資料もつけて主張することが大切です。

この記事を書いた人

弁護士髙木由美子

2000年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会所属:53期)。
弁護士登録以降、離婚・国際離婚などの家事事件を中心に扱い、年間100件以上の相談を受けてきました。ご依頼者がベストな解決にたどり着けるためのサポートをすることは当然として、その過程でもご依頼者が安心して進めることが出来るように心がけています。
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